「いただきます」を言わせないでください。

スネークマンショーのネタではないが。

おいらは、歌が歌えない。
ギターもピアノも弾けない。
面白いことも言えないし、踊りも出来ない。

だけど、コトバであれば、自分の想いをなんとか相手に伝えることが出来る。
だから、コトバに対して愛着を持っているし、その可能性を追求したいと思っている。
コトバにはそれぞれ意味があり、伝統がある。
それを踏まえた上で新しいものを創造していくことが、真のクリエイティブなんじゃないかと思う。

そんなわけで、自分が最も触れることの多い日本語を大切にする永六輔のラジオ番組を好んで聴くようにしている。

土曜ワイドラジオTOKYO 永六輔その新世界
TBSラジオ系列 毎週土曜日 8:30~13:00

毎回、日本の伝統やコトバについていろんな話題を提供してくれるのだが、その中でちょっと気になる話があった。
ある小学校で保護者から、「自分の子どもに"いただきます"を言わせないで欲しい」という抗議があったというのだ。その理由として「うちはちゃんと給食費を払っているから」なんだそうな。

なんの冗談かと思ったのだが、どうも本当の話らしい。

地域の応援で食育授業

こんな露骨な燃料投下も珍しい。
上記の三原校長のコメントにもあるとおり、「いただきます」というコトバは自然の恵みに、そしてその作物を作ってくれた人、調理をしてくれた人、すべての人に対する感謝の気持ちを込めた表現であり、金を払ってるからいいというもんでもないでしょ。
(ちなみに給食費を払っているとはいえ、県や市から補助が出ているので、100%の食費を払っているわけではないのだ)

おいらはレストランとか行ったとき、つい「いただきます」って口に出ることがあるけど別に恥ずかしいとも思わない。
その根底は、やはり全ての恵みに対する感謝であるというのを小さい頃に教えられてきたし、実際そう思うから。

また、給食費を巡っては、滞納するのが当たり前といった地域もあったりして、手に負えない事態になりつつある。
特に昨年仙台で発覚した滞納件数については、組織的に誰かが先導しているんじゃないか?と思われるほどの徹底振りだ。
藻前ら、恥を知れ。

それにしても、この保護者というのはおいらと年齢的にはそう変わらないはずだが、いったいこの常識というか想像力の欠如は何なのだ?
伝統にはそれぞれ意味があり、Break the ruleの信念があったとしても、それは伝統や既存のルールを理解した上での行動でなければ単なる独りよがりになってしまう。

学校生活というのは恐ろしいもので、こんな保護者に育てられた子どもが居たとしても、他の子どもたちは一緒のクラスで居続けなければいけないのだ。
これを是正できるのは、やはり取りまとめをする先生であり、校長であったりする。
しかし、その教師側は様々な圧力によりまともな教育が出来なくなりつつある。

小学1年で初めて小学校に通う子どもが、授業の時間を耐え切れずに教室内を走り回る。
こんなことすら保護者に言わせると個性なんだそうな。
医者はこうした我慢が出来ない子どもになんとかシンドロームという病名を付けてたが、明らかにこんなのは病気だ。
子どもを育てるということがどういうことなのか。
社会生活に適応できるように育て、そこから自分なりの個性を磨いていくように導く。それが子育てというもんだ。

こんな感じで、頭のおかしい(とあえて断言する)保護者と、そんなのに育てられた子どもというのが明らかに増えつつある。
無関心でいてはならない。そんな時代になりつつあるんだと思うとゾッとする。

コトバの奥にある意味を想像し、そして創造する。
子どもには無限の可能性がある。しかし、その可能性を引き出すかどうかは、やはり保護者の想像力とか、そういうものに左右されると思う。

収入とプライドが高いのは結構なことだが、そもそも人が生きるということにおいて、どれだけお互いに影響しあっているのか、それを今一度考えて少しずつ子どもに教えていってはどうだろうか?
 

この記事へのコメント

  • ムウミソ

    憲法では内心の自由が保障されてますので、「いただきます」を例え口にしたとしても、本人が心の中で「ケッなにいわせんだこのヴォケが」と思うのは自由なんですよね。
    そしてもちろん信仰の自由がありますから「全ての恵みに対する感謝である」という考えを信じるのも信じないのも自由です。
    小学生の頃私の同級生は「いただきます」の後に一分くらい眼を閉じて手を組んで、キリヒト様にお祈りを捧げてから給食を頂いてましたヨ。
    ああ、日本は良い国だなあ。
    2005年11月17日 23:21
  • 海鮮丼太郎

    まー確かにそうなんすけどね。
    細かくは触れませんが、ラジオで話題になっていたケースというのは、信条的にどうこう、ではなくて

    「金払ったんだからなんで頭下げなきゃいけないのよ」

    的な話だったんですわ。
    まあ、それに対するリスナーの反応もものすごかったですが、確かにいろんな考え方があるっていう声もありましたですな。

    自分でもあれこれと考えるきっかけになったので、これはこれでよし、と。
    2005年11月18日 18:59

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感謝の心無き人々
Excerpt: 面白い記事を見つけました。 考:「いただきます」って言ってますか? 「給食や外食では不要」ラジオで大論争 このラジオ番組をしているのが 「毎年日本人は過去(主に戦争があっ??
Weblog: AK的思考回路
Tracked: 2006-01-22 00:02