血染めのボタンの記憶

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オイルショックから数年後、文房具屋の店頭から定規が一斉に品切れになるという事態が発生した。
最初はプラスチック製の定規が。その後、鉄製の定規が店頭から姿を消した。

近所の文房具屋のおばちゃんが

「定規使ってなにやってるのさ?」

と真剣な顔で問いかけてきたのだが、まさかゲーム攻略の秘密兵器として使われているなど思いもしなかっただろう。
そのゲームとは、コナミが1983年に発売した『ハイパーオリンピック』という。

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ハイパーオリンピックは、プレイヤーにひたすら連射を強いる内容だったこともあり、通常の指でボタンを叩くという行為ではどうしても限界があるため、どうやって効率的に連射をするかということで様々なアイディアが生まれた。

その中で最も有名なのが、定規を使って連射するというものだ。
定規をはじくことで発生する振動を使ってボタンを連射するというアイディアは、当時のゲームの楽しみ方に対する革命的な変化をもたらした。

誰が考え出したのか知らないが、その特異なプレイスタイルはあっという間に近隣のゲーセンに知れ渡り、その驚異的な効果にゲーマーは我先に文房具屋に走ったのだった。

最初は安いプラスチック定規が用いられたが、耐久性に難があり興奮するとすぐに折れてしまったことから、薄手の鉄製定規が最強という評価に繋がった。
鉄製の定規というのは当時あんまり売られていなかったことから、店頭からあっという間に姿を消してしまい、おいら達は鉄定規を求めて文房具屋をハシゴしたもんだった。
あぁ、そういえばガンプラを求めて彷徨ったのと同じ体験だよ。進歩がねえなぁ…

他にも、“コスリ”と呼ばれる方法で、ツメを立ててボタンを左右に擦る方法、コインをはさんで同じように擦る方法、ガチャガチャのカプセルを指の先に嵌めて擦る方法など、コスリにはかなりのバリエーションが見られた。
どれもボタンやパネル部分への負荷が高く、ゲーセンの筐体にはよくコスリによって変形したボタンや塗装の剥げたパネルが見られたものだ。

上品なところでは人差し指と中指を交互に使った2フィンガー連射などもあったが、効果は他の方法に比べるとイマイチで、あまり一般的には浸透しなかった。


こうして、1983年の連射騒動はヒートアップし、翌年の続編『ハイパーオリンピック84』へと続くのだった。
一般的には高橋名人によって市民権を得た“連射”という行為だが元祖は1983年のこのゲームが起源だった。

そして、30代の男性であれば恐らくはほとんどが経験したであろう、あの連射の心地よさとコスリに夢中になりすぎて爪が割れたり、パネルに指を挟んで流血したりした思い出。

おいらも同じような経験がある。
そして、鉄の定規を見ると今でも思い出す。
売り切れてて鉄の定規が買えなかったから、しょうがなく工芸の時間に使ったブリキの板を定規ぐらいのサイズにカットして鉄の定規代わりに使ってみた。
しかし、カットした断面が鋭利な刃物のようになっており…

いててて・・・



飛び散った鮮血と、血に染まったボタンの記憶。
そして、今でも指に残る傷跡。


ピッチャーの指のマメがつぶれて血染めのボールで投球を続けたりすると美談として語られるが、薄暗いゲーセンで爪先から血を流しつつ己の体力の限界までボタンを連打し続けたおいら達も、美談として語られる資格を持っていたと断言したい。
連射、それは青春の燃焼であったのだから・・・


そんなわけで、淡い思い出と痛い思い出が交錯する懐かしのハイパーオリンピック(Track & Filed)、XBOX Live対応で配信開始しますた。
 
専用コントローラー作って、世界中の奴らと対戦したいなぁ。
 
 
 

この記事へのコメント

  • ノ~○ロムゲスト

    早速釣られました(W
    当時は痛い思い出しかありません。ですので連射機能で勝負と…
    連射機能がアンチされなければですが。
    2007年08月09日 21:51
  • 海鮮丼太郎

    さぁ、男なら汁を吹き出しながら連射で勝負だ。
    っていうか、外付けコントローラーの選択肢がないから、あのパッドでやるのがツラいのなんの。

    とりあえず、今晩上がってるから勝負しに来なさいw

    2007年08月10日 19:48

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