テスラの死亡事故に思うこと

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まず当方のスタンスを説明しておきますと、テスラのクルマに恨みはありません。

しかし、イーロン・マスクという人物が好きではありません。

量産型のピュアEVをきちんと事業として立ち上げ、(その経営状態には諸説あるものの)きちんと量産して顧客に届けるまで成し得たイーロン・マスクの手腕は間違いなく一流のものであり、またビジョナリーとして未来を語る姿はアメリカ発の世界をリードする企業のCEOの姿として一定の尊敬の念を抱いてはいます。

ただし、そのビジョナリーというキャラクターを演出する上でのポジショントークが行き過ぎることも多々あり、それが故に今回のテスラモデルSの死亡事故が起こったのではないかと当方は考えております。




事故の状況分析はあちらでも様々なメディアで行われ、新たな情報が次々と入っていきます。

車内でハリーポッターのDVDを観ていたなんて話も出てきてるみたいですので、完全に自動運転に任せていたかはともかくドライバーが前をちゃんと見ていなかったことは明らかですね。




現在のテスラモデルSが実現しているオートパイロット機能はNHTSAの定める定義で言うところの「レベル2(加速・操舵・制動のうち複数の操作をシステムが行う状態)」相当となっています。

つまり、自動運転技術としては初歩的な段階ということです。

しかしイーロン・マスクはこの程度の技術に「Autopilot」の機能名称を付けてオーナー向けにパブリックベータとしてリリースしました。

パブリックベータの位置付けは“機能的には不完全な状態であり、多くのユーザーにテストしてもらうことで評価および改善個所を指摘してもらうこと”を目的としております。

これによって集められたフィードバックをプログラムの改善に役立てることで開発のスピードアップとクオリティアップを狙う、ソフトウェア的な発想からすればよく使われる手法であると言えます。

しかしテスラはこのオートパイロットをリリースする上で、さも自動運転が可能になったが如くメディアを使って喧伝しまくりました。

自動運転の技術をうぉちしている人からすれば

「この程度で自動運転って言っていいの…?」

という反応が多かったのですが、イーロン・マスクという人物のビジョナリーとしてのキャラがそうした懐疑的な反応を抑え込む形になってしまいました。

とはいえ中身はレベル2相当なわけですからドライバーがしっかりハンドルを握り、何かあったらすぐに対応できるようにしておかなければならない事実は変わりません。

テスラもそうしたことが必要であるというアナウンスはしています。

しかし人間というもの、特にテスラのクルマを好んで乗るような人々がその意図をきちんと理解し、実践するとは限りません。

今回の事故で死亡したドライバーは、自動運転中の模様を撮影してyoutubeに載せていました。

つまり、新しいテクノロジーをどんどん試してやろうという、ある種のエクストリーム属性であると言えます。

そうした連中をイーロン・マスクがその言動で炊きつけるような形になったことが今回の事故を引き起こしたと言えます。

亡くなったJoshua Brown氏はテスラの可能性に惚れ込んでいたという事実もまた、無理なチャレンジを行う原因になったのは皮肉以外の何物でもありません。

つまり、この事故は起こるべくして起こったという話です。


レベル2程度の自動運転を実現しているメーカーは他にもありますが、各社ともその使用にあたっては十分すぎるほどの注意喚起を行っています。

また、ハンドルから一定時間手を離したら自動運転モードが解除されるといった対策を採っています。

これは「フールプルーフ」という発想に基づいています。
【フールプルーフ】
フールプルーフ設計では「人間は間違えるものである」「よく分かっていない人が取り扱うこともある」という前提に立ち、誤った使い方をしても利用者や周囲の人を危険に晒したり、機器が破損したり、致命的な事態や損害を生じさせないような構造に設計する。また、誤った使い方ができないような構造を工夫したり、危険な使い方をしようとすると機能が停止するような機構を組み込むこともある。(e-wordsより)
モバイルガジェットや家電などその使用において直接的に生命に危険が及ばない機器であればパブリックベータで次々と新しいテクノロジーを試すことに反対するつもりはありません。

しかし、クルマは一歩間違えればドライバーおよび他人を生命の危機に晒します。

当方はどちらかと言えば新しい技術が大好きでガジェット類にベータ版のアプリをゴリゴリ入れて楽しむ性格ですが、ことクルマに関しては上記の考え方もあるため運転を阻害するような要因…たとえば操作中に視線を奪われるタッチパネル式のディスプレイやナビの取り付け位置などについて一貫して苦言を呈してきました。

自動運転に関しても同じ考え方ですので、イーロン・マスクのビッグマウスっぷりが好きになれない理由がこれでおわかり頂けるでしょう。

「フールプルーフ」の発想はなにも当方が神経質に主張しているわけではありません。

他の自動車メーカーこそ、フールプルーフの発想に基づき慎重過ぎるほどあらゆるリスクを想定しながら自動運転の開発競争を行っていると言えます。

だからこそ、実験レベルではそれなりの完成度を見せていても、なかなか市販車として販売に踏み切らないわけです。

テスラだけが画期的に技術が進んでいるわけではないのです。

その証拠に、今回のモデルSの直接的な事故原因は

「空が明るくて眩しい状況で、車両も人も前方のトラックを認識できなかった」

などという、信じられないような低レベルの問題がクリアできていないことが露呈したわけです。

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▲左折するV01を認識できずにV02(モデルS)が突っ込んでクラッシュしている


しかしテスラはこういう声明を出しています。

Autopilotはこれまで1億3000万マイル以上走った実績があり、今回初めて死亡事故が起きた。米国では9400万マイルに1度、死亡事故が発生する

アメリカという国において訴訟を免れるためとはいえ、これは自己正当化が過ぎます。

はっきり言って詭弁です。

自社の優位を演出するために、人の命を天秤に掛けていいなどというモラルは、世界のどこにも存在しないと当方は思っています。

もちろんどれだけフールプルーフに気を使って開発しても自動運転の実用化に伴い想定もしなかったような死亡事故は起こるでしょう。

しかし今回のテスラの死亡事故は、想定できたものであり、性格がまったく異なります。

今回の事故を受けて自動運転に対するヒステリックな反応が一部で起こっており、開発に余計な枷(規制)がはめられる可能性もあります。

自動運転の開発に関係している他の自動車メーカーの方々は苦々しく思っているのではないでしょうか。


技術は人を幸せにするために存在するべきものであり、自動車メーカーは長い歴史の中で(問題も多々ありましたが)一つずつを改善しながらクルマという乗り物の完成度を高めてきました。

自動運転というまったく新しい技術に挑戦するに際し、端折っていいリスクなど一つもないのです。

その意味でテスラが、そしてイーロン・マスクがやるべきだったことは、フールプルーフに基づく開発はもちろんですが、せめてオートパイロット機能のリリースの際に、

「未知のリスクを前提として安全運転を徹底し、事故を起こさないことこそがオーナーにとって、テスラにとって、そして自動運転の技術の発展にとっても最も大切なことである」

というメッセージを発し、オーナーに自制を促すことだったと思います。

たったこれだけのことでも、オーナーにはムチャをするのではなく自分が安全に運転することがテスラにとっての貢献になるという意識を植え付けることが出来たと思います。

なにしろアメリカ人はこういうの大好きですから。


人間の代わりを機械が完璧にこなすなんてことは、いくら技術の進歩が早くてもそう簡単に実現できるものではありません。

フールプルーフの発想に基づき慎重に慎重を重ねたうえで問題ないと判断出来た段階で自動運転の実用化をしてもらえればそれで構わないと当方は思っています。

たとえそれが当方が生きているうちに実現しなくても。




この記事へのコメント

  • o.w.c.f

    自動化・・・人の作業も移動もどんどん要らなくなって人間がダメになるんでしょうね。
    以下持論ですが、人の鼻の粘膜を傷つけることなく鼻くそがほじれる。もしくは血がにじむことなくカサブタがはがせるようなレベルになったら自分の介護はロボットに任せます(笑)
    2016年07月05日 14:21
  • 海鮮丼太郎

    >o.w.c.fさん

    コメントありがとうございます。
    どうやってもSF映画のように機械に任せて人間が堕落していく世界は止めようがないのかもしれません。

    その一方で、人間の助けを機械が行ってくれることで、別の方面に人間の可能性が開けるかもしれません。

    悲観論より、そうした明るい未来を想像していきたいと思っています。

    だからこそ、こうした技術の開発に携わる人には自己の顕示欲ではなく、人が幸せになるために必要なあらゆる手立てを採って欲しいと思うわけです。

    しかし鼻くそほじれるレベルって相当高いセンサー技術が必要ですな…
    でもそれができるぐらいだったら任せてもいいかな、とは確かに思います(笑)
    2016年07月05日 16:06

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