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こいつはすごい。
図書館を使った調べる学習コンクールの第14回入賞作品における小学校の部(中学年)の受賞作品。
研究発表としてよく出来ているばかりか、読み物としても非常にレベルが高い作品が並んでいるが、中でも一番光ったのはこの作品だ。
アサリがあっさり死んだわけ
http://www.toshokan.or.jp/shirabe-sp/14sakuhin/2asari/HTML/index.html#/1/
図解やマンガ的な見せ方などは、おそらく小学生向けの図鑑や学習教材みたいなのを参考にしているんだろうけど、それでも自分なりのオリジナリティによるレイアウトの工夫なども見られ、これが小学4年生の作品だと思うとただただ驚かざるを得ない。
大澤曉人くんならびにこの研究をこうして形として残すためにサポートしたご両親ならびに図書館関係者、そしてその他多くの人に賞賛の言葉を送りたい。
おみごとです。
ひとつ気になるのが、この研究発表にどれだけ学校の先生が関与したんだろう?という点。
論点を整理してまとめるためにはさすがに小学4年生がゼロから考えるのは難しく、こうした方向へうまく導いてあげる役割の人物が存在したはずだ。
それはご両親なのか?それとも図書館員なのか?学校の先生なのか?
(コンクールの性質上、NPO図書館の学校がその役割を果たしているようにも推察されるが…)
もしこの研究が学校の先生のアドバイスの元で進められたのだとしたら、その先生は素晴らしいと思う。きっと、子供の知的探究心を育む素敵な学校なんだろう。
しかし、そうでないのだとしたら?
学校における先生の役割の終焉、すなわち先生のオワコン化だ。
本来こうした試みは学校から生まれるべき成果であるはずだが、それが出来ないのであれば、学校教育が子供の育むべき能力の発達に寄与していないということだ。
教育とは何か?
知的探究心を満たすということはどういうことなのか?
図書館に限らず、子供が触れることのできる情報は我々の頃に比べても爆発的に増えている。
そんな中で情報を集め、考え、形にまとめていく能力をどう育んでいくのか?
このあたりの広義のリテラシー格差が広がっていそうな気がする。
それにしても。
読後のこの清々しさは何なんだろう?
おいらも、こんな研究を子供と一緒にしてみたいなぁ。
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