リッジレーサーって何なのさ?

What's? and Why?
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今日から東京ゲームショーですね。
恐らく消費者のゲームに対するスタンスの明確な転換期になるであろう今年のイベントを、会場に行く皆様方はしっかりと見届けてきてくらはい。
おいらは行かん、っていうか忙しくて行けん。

さて、恐らく大々的にプレイアブルな出展がされているであろう、リッジレーサー7を記念してってわけでもないですが。

映画でもゲームでも、続編っていうのは世界観を共有してさらに良質な作品としてリリースしていくことが求められる。
ただ、作品の性質によって続編の作り方も変わるよね、ってなお話。

きちんと自分の中で整理ができていないので、考えながら書いてみる。
リッジレーサーというゲームはどこへ進むべきなのか?ってことを。

数えてみると、リッジレーサーシリーズはPS3用の最新作が7、PSP用のシリーズも2つを数え、R:RacingEvolutionなんていうのも含めると結構な数になっている。
実況パワフルプロ野球シリーズや桃太郎電鉄シリーズに比べると半分程度だが、それでも続編として息長く続いているのは、映画に例えると釣りバカ日誌のような存在になりつつある。それゆえに

「安定して楽しめるが、新鮮味はないよね」

という評価に陥りやすい。っていうか、実際それで迷走状態になってしまっているように思える。
上記で例に出したパワプロと桃鉄との対比で考えてみようか。

パワプロの一番の目的は、選手を育ててチームを優勝に導くこと。
桃鉄の一番の目的は、双六で全国制覇すること。
リッジレーサーの一番の目的は、コースを走って優勝すること。

いずれも目的は初代のタイトルから大きく変わることはない。(パワプロは変わってるか…)
目的が同じでも、ゲームとしてどうやってユーザを楽しませるか。
続編を作る上でメーカーは試行錯誤を繰り返し、ここまでタイトルを継続させてきた。

パワプロの進化 ⇒ 選手育成モードの充実
桃鉄の進化 ⇒ 舞台とイベントの多様化
リッジレーサーの進化 ⇒ キレイなグラフィックとコース&クルマの多様化

前二者と比較して、リッジレーサーの進化の方向は、「よりリアルに」「より多くのコースを」という方向に進まざるを得ない状況のように思える。
事実、リッジレーサーの進化は、この2点のみを追求することに費やされてきた。
(ネット対戦やニトロといった駆け引きの要素が追加されていたりはするのだが)

基本的にクルマは空を飛ばないし、レースという性格上決められたコースを周回するというルールは変えようがない。
そこに進化を求めるためには、よりリアルな映像&走りを実現するか、よりスリリングな対戦ができるか、付加要素を増やしていくか、といったことしか選択肢が用意されていないように感じられる。

一方で。
リッジレーサーシリーズの最大の特徴にして、最大のアキレス腱とも成り得る要素として、登場するクルマが実車ではない、というのがある。
初代リッジレーサーから一貫してこのポリシーが貫かれているのだが、逆に北米や欧州市場ではこの要素がマイナスに働いてしまったようで、映像はキレイだがゲーム内容としては数段劣るProjectGothamRacing3に惨敗するという苦汁をなめさせられている。

おいらは、あくまでゲームなんだから実車でなくてもぜんぜん構わない、というスタンスなので、同列比較してもゲームの爽快感においてリッジレーサーを上回るレースゲームは存在しないという考えだ。
それだけ、リッジレーサーというシリーズが好きだ。

ただ、ここ最近PSP用『リッジレーサーズ&同2』、Xbox360用『リッジレーサー6』を立て続けにプレイしているが、

正直言って飽きてきた。


リアルな映像、ニトロの挙動、ネットによる対戦という要素には魅力を感じるものの、いくらコースが増えようがマンネリ感が漂ってしまい、レースをクリアする楽しみよりノルマをクリアするだけの単調作業の感覚が強くなってきてしまった。
つまり、レースゲームを楽しむ限界効用点を越えてしまったという感じなのだ。

RPGがレベルアップ作業の強要によって一時期停滞したように、レースゲームも単に規程コースの周回を重ねるだけという展開にはぼちぼち限界がきているのではないだろうか。
特に、本物のクルマではない以上、本物というリアルを追求することのできないリッジレーサーシリーズにおいては。


さて。
宮本茂のレースゲームの考え方として有名なフレーズが西さんの伝聞としてこう語られている。
ほぼ日刊イトイ新聞 - 樹の上の秘密基地。
そのなかですごく憶えてるのは、任天堂ってレースゲームを何本も出してるじゃないですか。
『マリオカート』とか、『F-ZERO』とか。
そのときの話なんですが、手を変え品を変え、レースゲームを出していくときに、いつも、「順位をなくしたい」と思うそうなんです。
で、それでがんばって作るんだけども、やっぱりレースゲームは順位をつけないと、レースゲームにならないっていう結論に毎回行き着いて、順位がつくんだと。
で、順位がついちゃってるっていうことに、宮本さんは納得できてないんだと。


ここはひとつ発想を変えて、リッジレーサーの架空の世界ならではという可能性を追求するという考え方はどうだろうか?
かつて、セガがレースゲームの新たな可能性の提案として『クレイジータクシー』というタイトルをリリースしたことがあった。
架空の街中で客を拾い、どんなルートを使ってもいいから最短で目的地まで送り届けろ、というゲームだったが、水中を爆走したり建物を飛び越えたりといった、文字通りクレイジーな展開に腹を抱えて笑ったものだった。
そして、3Dレースゲームの進化について、これはひとつのヒントに成り得ると強く感じたものだった。
残念ながら、クレイジータクシーそのものは大雑把な作りから進化できず、シリーズも3で打ち止めになってしまった。

しかし、架空の世界とこの”クレイジー”という路線は、実は相性がいいんじゃないだろうか?
演出はあくまでリアルに、しかしシチュエーションは現実離れしているからこそ、ゲームならではのおもしろさを感じることが出来る。
ここで操るクルマは本物でなくても構わない。挙動が現実のクルマの動きに準拠していれば、それで十分だ。

そう考えると、初代リッジレーサーが提案したような、「走り屋たちのバカ騒ぎ」というコンセプトを、単に周回を重ねるというルール以外でカタチにできるんじゃないか。
たとえば、架空の街をひとつまるごと再現し、その中でラリーXをリアルにやれるようにするだけでも十分ゲームとして成立し得るんじゃないか?
ナビゲーションを駆使して渋滞している都市の中を最短で目的地に着くようなルールだって今の技術だったら十分アリだと思うし、普段リアルには決してできないようなことをゲームの世界で見せてくれるのはナムコの得意とするところじゃないのか?

GTシリーズのように、実車に近い運転感覚を楽しむというニーズも確かにあるだろうが、ゲームとしてのレースに期待する層が少なからずいる。
単なる新プラットフォームの技術プレゼンテーションとしてローンチ間に合わせタイトルに成り下がってしまったここ最近のリッジレーサーが不憫でならない。

少なくとも、Xbox360版リッジレーサー6が不評とのことで、リッジレーサーについて緊急アンケートを取ったことがあったのだから、今のままでいいとは思ってないと信じたい。
そして、初回特典としてリッジサウンドのリミックスCDを付けりゃ売れるだろう、なんて甘い考えで済ませるナムコじゃないと信じたい。

発売前から苦境が伝えられるPS3用に、ナムコはリッジレーサー7を投入する。
情報を見る限り、キレイという以外その内容はリッジレーサー6から劇的な進化を感じることはできなかった。

せめて、その次でいいから、高い技術力に見合うだけの新たなレースゲームの世界を消費者に提案してもらいたい。
それが出来るのはリッジレーサーが一番近い位置にいるのだから。
 
なんて願望を語ってみたりしたのでした。

 

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