
今日はFM-7が発売された日、らしい。
らしい、というのは11月7日という情報と8日という情報があるので、どっちだかよくわからんのだ。
まあ、こちらの情報を正として、今日がおいらの人生を狂わせた、FM-7の発売日ということにしておこう。
11月7日は、FM-7とFM-11にちなんで設定された、という説を説いていた。
まあどっちでもいいのだが、今から28年前の話だ。
昭和40年代生まれはいろんな意味で幸せだと思う。
特に、コンピューターの進化をリアルタイムに体験できた世代というのは、後にも先にも我々ぐらいのものだろう。
その意味で、後世に語り聞かせるために多くの知識と情報をアーカイブとして残しておくことの重要性を強く感じる。
そのために、個人的に RetroPC.NET に資金と物資の援助をしたことがある。
今はもう跡形もなくなった横浜のコンピューターイレブンという店で、FM-7とニデコのデジタルモニターとサンヨーのデータレコーダをセットで22万ぐらいで購入した。いや、購入してもらった。
スズキの軽自動車アルトが47万円で購入できた時代だ。
PCはお金持ちのステータスのような存在であったにも関わらず、2DKの団地に家族5人という我が家にとって22万円という金額はどれほど負担の大きいものであったか。
そんなことはお構いなしに、PC雑誌から必要な情報を集め、ページを切り抜いてお手製のプレゼン資料を作り、複数のお店で見積もりを取り、PCがこれからの世の中をどう変えるかを力説し、将来おいらはコンピュータ関係の仕事に就くとビジョンを語ることで、半年掛かりで口説き落としたのだった。
いま思えば、あれが人生のなかで一番真剣なプレゼンテーションであった。
「欲しい!」という情念は、人の潜在能力を120%以上発揮させるのだということを痛感した。
当然のことながら、買ってもらえばこっちのもの。
パッケージソフトを買う金など無いので、毎月「Oh!FM」と「マイコンBASICマガジン」に掲載されるプログラムを入力してはゲームに勤しんだ。
ゲームは全ての興味の原動力だ。
当時はゲームセンターのゲームがコンピューターの最新技術の結晶であり、PCでそれをどれぐらい再現できるか、という点が全てのモチベーションになっていた時代だ。
そりゃもう、今のゲームハード戦争などとは比べ物にならないほどの宗教戦争が繰り広げられていた。
今のゲーハー戦争と違うのは、己の優位を自らのプログラムで実践してみせたことだった。
無いんなら、自分達で作る。
このパッションは、日本のゲームが高いレベルに到達するための原動力になったのは紛れも無い事実だ。
しかしそんなFM-7は、6809という当時ではマイナーなCPUを搭載していたことと、トリッキーなハード構成がなかなかプログラムの制御の敷居を高くしていたこともあり、NECのPC-8801シリーズの後塵を拝すような状況になった。
おいらは自分の選択が誤っていたのではないか?という疑念を払拭するため、ひたすら富士通という暗黒面(Darkside)へと足を踏み入れていったのだった。
以降PCはFM-77AV、FM-TOWNS、X68000、Macintoshとマイナー路線をまっしぐら。
ファミコンもブーム絶頂期にさっさと売り払ってセガmarkIIIを買い、人々がマイケルジャクソンにハマっている頃にシンプルマインズへと傾倒するような、天邪鬼なコドモオトナになっていったのでありました。
ありがとうFM-7。
今のおいらがあるのは、キミのおかげだよ。
まだ実家に帰れば、データレコーダーでソフトが立ち上げられるようにしてある。
あ、モニタが無いんだった…
レトロPCの倉庫に行ってかっぱらってくるかなぁ…
ってことで、こんな聞かされたからといってどうなるものでもない昔話を、後世に無理矢理話して聞かせることが、おいらの老後の楽しみなのだ。
忘れる前に、できる限りアーカイブして情報を残しておかなきゃな。
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