前回の話のつづき。
妻の実家からおいらの実家に移動する途中、荒川沿いを走るタイミングがある。
今日は天気もよく、絶好の凧揚げ日和だったりするのでどれだけの人が出ているのかと楽しみにしていたのだが、驚いたことにクルマから見る限り、荒川河川敷で凧を揚げているのは一組の親子だけだったという現実。
都市部では電線に引っかかったりすることの危険があるため、凧揚げを禁止されている地区が多いと聞くが、河川敷はその限りに非ず。
つまり、その気があれば好きなだけ凧揚げができる環境があるにも関わらず一組の親子だけということは、もう凧揚げという遊びは子供の興味の中には含まれていないということなのか。
話は変わって。
最近野球(ソフトバットやボールでも)をすることが禁止されている公園が多い。
確かにいろんな子供たちが行き交う中で野球をやるのは危ないというのはその通りだとは思うのだが、こうした影響もあって野球をするなら地域の野球クラブに入るとかしないとならない極端な状況が生まれつつある。
言いたいことは山ほどあるが、今回はこの話ではない。
こうした制約によって、野球の経験はおろか、ボールをちゃんとしたフォームで投げることが出来ない子供が増えていることは、憂慮すべきことなのではないかと強く思う。
モノを投げるという動作は生物が生きていく上で最も基本的に身に着けなければいけない能力のひとつだ。
もちろんドッジボールやキャッチボールでも投げるという行為は習得できるが、それすら禁止されている公園があったりするのは目も当てられない。
凧揚げだって同じことだ。
凧が風を受けて空に舞うという不思議さの中から、風の流れとそれを制御するにはどうするかということを体験的に学ぶことができるのが凧揚げという遊びだ。
日本凧のようにクルクル回ってしまう凧に尻尾を付けるだけで安定するということに驚きその仕組みを考えることは、経験から結論を導き出すための大きな助けになるだろう。
ことほど左様に、どんな遊びにも何かしら学ぶべきことがある。
せっかく正月という機会があるのだから、凧揚げという遊びがあるんだということを教えてあげ、そして体験させてあげることも大人の義務ではないかと強く思った。
しかし、現実問題として凧を売っているお店がない。
おもちゃの選択肢が増えているようで、実はけっこう遊びの幅は狭まっているんじゃないかと思ってしまった今日この頃。
P.S.
バカとか言われそうだから付け足しておくが、ベーゴマのコンセプトを現代にアレンジして復活させたベイブレードのような素晴らしいおもちゃがあることぐらいは知ってるよ。
この記事へのコメント
なおなお
ドッチボールとかサッカーボールとかも使用禁止の公園が増えています。
投げられない、蹴れない子供が増えるでしょうね。
ベイブレードは絶妙のバランスのおもちゃです。
息子とやると、結構本気になりますよ。
海鮮丼太郎
別に球技に限った話じゃないが、子供にどれだけの経験をさせるかというのは親の責任だとは思うけど、その環境を整えるのは社会全体で考えなきゃいけない事の筈だけど…