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2015年04月23日

GTアカデミーが日本でもスタート

GTAcademy_top.jpg

日産とポリフォニーデジタルが、日本におけるGTアカデミー開催を発表した。

GTアカデミー』というのは、ポリフォニーデジタルの開発するPS3対応の自称ドライビングシミュレータ(もはやゲームではないらしい)である『GranTsurismo(以下GT)』を使ってドライビングテクニックを競い、本物のレースでも活躍できることを目指すドライバー育成プログラムだ。
GTアカデミーについて

GTアカデミーは、「グランツーリスモ」のトッププレイヤーに本物のプロフェッショナルレースドライバーになるチャンスを授ける画期的な試み。「グランツーリスモ」で腕前を証明したプレイヤーをニスモ・アスリートの候補生とし、国際レースを戦い抜くためのトレーニングとライセンス取得のチャンスを与えるグローバルなプロジェクトです。

意外と歴史があって2008年にソニー、ポリフォニーデジタル、日産ヨーロッパのタッグでスタートし、海外では地道に活動が続けられてきた。

GTシリーズはゲーム性よりもリアルさを追い求めてひたすら進化を続けてきた。
GT5ではオンライン対戦で大きな失敗をやらかしたものの、昨年にはGT6においてFIA公認のソフトウェアとして正式に認められたりもしている。


あくまで

「シミュレーターを名乗るからには、GTで腕を磨いたプレイヤーは
 そのまま実車のドライバーとしても通用するはずだ!」

という妄想にも似た構想がこの活動のベースにある。


GTアカデミーについては当BLOGでも2009年にちょっと触れている。

このエントリーでは
一方で気になることがある。
レーシングシミュレーターとしての地位を築いたはいいが、それで何が残るんだろうか?ということ。

レーシングシミュレーターとしてのGTによって大半のドライビングテクニックは習得することができる。
それはそれで結構なことなのだが、逆に言うとGTというゲームは一般のゲームを楽しむユーザ層に向けてのプロダクトではないことを宣言したようなものだ。
つまり、プレイする客を選ぶゲームである、と。

このように書いた。

しかしこうしてGTアカデミーの取り組みが花を開き、バーチャルとリアルの間を取り持つ役割を担うことになったのは間違いなくGTアカデミーの取り組みがひとつの成功を収めた証だ。


ドライビングシミュレータでプロドライバーがイメージトレーニングをするのはもう当たり前の時代となった。

F1のシミュレータでは運転中のGの掛かり方までリアルに再現でき、天候や条件を変えながら様々な状況でテストできるレベルにまで達しており、ドライバーがサーキットまで出向かずにトレーニングに励んでいる。


ドライバーは練習に掛ける時間が長ければ長いほどテクニックを磨くことができる。

練習量が多ければ多いほど有利となり、レースで活躍できる確率が高くなる。

しかし実際にサーキットで練習の為に実車を走らせるには多額の費用が掛かる。

それ故に、レースの世界では金持ちの御曹司や有力なスポンサーを付けたドライバーが有利とされてきた。

しかしドライビングシミュレータの存在はそんな金持ち有利のルールをぶち壊す可能性を秘めている。

お金がなくてサーキットを走り込めなくても、バーチャルの世界で効率的に腕を磨くことが可能になったのだから。

もちろんバーチャルの世界と実際にクルマを操ってレースをするのはまったく次元の違う話だ。
しかしクルマの挙動や特性といったものはドライビングシミュレータである程度基礎的なテクニックを習得することが可能なレベルに来ている。

実際、このように成果が出始めている。




世界有数の自動車大国であり、毎年F1他さまざまなレースが開催される日本。

しかしこの国で合法的にドライビングテクニックを磨こうとすると、練習できる施設(主にサーキット)の数が少なく、また利用にはかなりのお金が必要となる。

そのため金銭的に余裕のない層は必然的に深夜のストリートや峠を走り込むようなやり方でしかテクニックを磨く方法がない。

しかしその大半が違法行為であり、その引け目がいつまでたってもモータースポーツが市民権を得られない大きな理由となっている。

しかし、ある程度のテクニックをドライビングシミュレータで磨くことができるのなら、サーキットに何度も足を運ばなくて済む分費用も抑えられる。

だからこそGTアカデミーのような取り組みは日本にこそ必要だったりするのだが、当初からこの取り組みを行ってきたソニーならびに支援してきた日産が、なぜこれを日本で展開しようとしなかったのか不思議でしょうがなかった。

特にGTシリーズとは馴染みの深い日産の動向が気になった。


ご存知の通り日産は国内販売において軽自動車を除くと苦戦を強いられている。

魅力的な車種が無い状態が長いており、ゴーン社長の手腕にも疑問が呈されるような状況で明るい話題というのがほとんどない。

86/BRZを口火に他社がようやくスポーティなクルマをリリースし始めている中で、日産だけが取り残されている状況だ。

トヨタは86をブランド化し、峠プロジェクトやサーキット走行会などによって実体験によるドライビングの楽しさの啓発に努めている。

日産には手頃な価格帯のスポーティなラインナップが無く、この先もしばらくそうしたクルマが出てくる予定がない。
(GT-Rは高額過ぎ、フェアレディZは基本設計が古くなり過ぎた)

このような状況の日産が今打てる施策として最も効果的なのが、バーチャルとリアルを繋ぐGTアカデミーであると言える。

覚えている人も多いだろうが、日産はGT-RにおいてGT5プロローグとのコラボやインターネットを使ったプロモーションについては他の追随を許さないぐらい多くのノウハウを有している。

実際のクルマで影響力を持つことはすぐには難しいが、GTアカデミーを日産のプロモーションによって行うことで、これからクルマを購入するかもしれない未来の予備軍に広く門戸を開くことができる。

それは称賛に値する出来事と言ってもいい。

先日のエントリーで書いたようなゲームでプジョーをドライブしたことで憧れをもち、実際にプジョー車を購入したような熱心なファンを獲得するきっかけに成りえるかもしれない。
日産の狙いはこうしたところにあると言えるだろう。


昨今はゲームプレイヤーがプロフェッショナルな職業として活動するeSPORTSが広まりつつある。

GTアカデミーもある意味eSPORTSの一部であり、ここから活躍する日本人、しかも金持ちじゃない普通のプレイヤーから成り上がるようなサクセスストーリーが見られたら、それだけで猛烈に応援したくなる。

日産は今回のGTアカデミーの取り組みをきちんとプロモーションに活かして欲しい。

そして彼らが実際にハンドルを握ることになった頃に、手頃で楽しいスポーティなクルマを発売してくれていることを切に願う次第也。


posted by 海鮮丼太郎 at 17:36| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 遊(play) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年11月28日

今でも遊べるスペハリとアウトラン

sega_taikan.jpg

九龍城を模した妙なゲームセンターが川崎にありまして。

その名をウェアハウス川崎

ここのレトロゲームコーナーに『スペースハリアー』と『アウトラン』という、80年代を代表する体感ゲーム筐体が稼働中だよ、というお話。

他にもダライアスやモナコGP、ガントレット(モニター変色中)なども稼働中で、このレトロコーナーだけでもけっこうな時間を潰せそうな感じ。

で、久しぶりにスペースハリアー(スペハリ)をムービング筐体でプレイした。

先日亡くなった川上哲治のエピソードとしてよく語られる、

「絶頂期にはボールが止まって見えた」

の逸話のように、おいらのゲーム人生における絶頂期には、確かにスペハリの敵の弾が止まって見えた。

嘘でも誇張でもない。
確かに、敵の弾が止まって見えたんだ。

動体視力が絶好調だった頃の話だが、そのおかげでスペハリは1コインどころかノーミスクリアできるのが当然、というぐらいにやりこんでいた。

で、そんな絶頂期から20余年。
移植版(直近では3DS版)を何度もプレイして感覚は忘れていないはずなのに、一面からミスを連発する。

あの大きく動くムービング筐体と久しぶりで慣れない操縦桿のせいだと責任転嫁してみたものの、結局一面ボスでゲームオーバーになるという体たらく。

久しぶりに闘争本能に火がついた。
1000円札を両替していつでもコンティニューできる状態で再プレイ。

頭では攻略法がわかっているのに、操作が付いてこない感じ。
結局何度もコインを投入する羽目になり、エンディングを見るのに800円も使ってしまった。

しかし、名作ゲームというのは何回やっても楽しい。
しかも操縦桿+ムービング筐体でなければ、やはりスペハリを満喫することはできない。

これだけ無茶な動きをする筐体を、きちんと故障なく維持しているウェアハウスのスタッフには敬意を表したい。
その意味で少しでもインカムに貢献できたから良しとしよう。


続いて隣に置いてあったデラックス筐体のアウトラン。
ギアガチャをやればプレイしやすいのはわかっているが、そんなことはしないのが紳士の嗜み。

コインを入れて選曲はSplash Waveを選択。
高校生の頃あれだけ熱意と金を注ぎ込んだアウトランだったが…

あれ…?
あんましおもしろくないね。

どうしてだろう?
先ほどのスペハリに比べると、プレイしていてぜんぜん楽しくない。
こんな大味なゲームだったっけ?という疑問が頭に浮かんだまま、どうもプレイも精彩を欠く。

一面クリア手前で終了するも、再度プレイする気になれず。

他にもダライアスやテーブル筐体のゲームを一通りプレイしてみたものの、興奮してプレイできたのはスペハリだけだった。

いや、他のゲームもじゅうぶん懐かしくておもしろいんだけど、興奮するほどではないんだよなぁ…

そんなウェアハウスのレトロゲームコーナーだが、その雰囲気を楽しむために行く価値はあると思う。

立ち寄った際はスペハリのインカムにご協力のほどを。
 
posted by 海鮮丼太郎 at 18:00| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 遊(play) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年10月04日

BLASSTYとかWILLとかALPHAとか。

ProjectEgg10th_SQ.jpg

どっこい生きてるProjectEgg。
そんなわけで、会員制レトロPCゲームのプラットフォームであるProjectEGGというサービスがあるのはご存知でしょうか?

おいらのお友達がこのサービスの立ち上げを行っており、何度かお仕事がらみでもお世話になったので思い入れの深いサービスではあるのですが、月額500円+各種コンテンツ代金の負担がちょっとキツくて現在は利用していないのですがw

そんなProjectEGGも熱心なユーザに支えられて10周年を迎えました。
おめでとうございます。

この手のサービスは継続していくことと新しいコンテンツを投入していくことが何より難しいのに、それをきちんと10年続けてきたことはとても意義あることです。

また、(それほど多くはないであろう)ユーザが離れずに支えている構図も、口は出して金は出さないという自称ゲーム好きが多い中で、非常に良好な関係を構築できているのではないかと思います。

その意味で、ProjectEGGは会員の皆さんもすばらしいと思います。

で、そんなProjectEGGですが、過去の作品をエミュレータで動くように移植するという技術面と、過去の作品ゆえに権利関係が複雑になっている部分を解決して商品として販売できるようにするビジネス面の2つの課題を抱えております。

その課題をクリアするための独自のノウハウが確立され、10年間の継続でそれなりに信頼を得る立場にもなりました。
それを象徴するような商品が発売されました。

この収録タイトルに覚えのある人は確実にマイコン世代。
そう、8ビットPC黎明期から全盛期にかけて、スクウェア(現スクウェア・エニックス)が発売したアドベンチャーゲームのタイトルを、パッケージとして発売したわけです。

現スクウェア・エニックスといえば権利関係に非常にうるさく、またビジネス面でも他社にこうしたことをさせる社風ではないと認識していましたが、さすがにこの頃のタイトルを自前で金にすることは現実的ではないと考えたのか、エミュレータによる移植版の発売をProjectEGGの運営元であるD4エンタープライズに許諾したようであります。

実質的にこれを商品化できるのはD4エンタープライズしかなかったでしょうが、それにしても権利交渉をきちんと取りまとめたことについては驚きとともに敬意を表したいところであります。

おみごとです。

おいらはFM-7ユーザだったこともあり、デストラップ以外のゲームは遊ぶ機会も無かったのでそれほど深い思い入れは無いのですが、友人宅にあったPC-8801mkIISRでグリグリとアニメーションするBLASSTYのゲーム画面には激しい衝撃と嫉妬を覚えたものです。

しかし当時もディスクアクセスが頻繁に発生してかなり待たされるゲームだったので、こうしてエミュレータによる移植版が発売されたからといって今でも楽しめるかというとちょっとわかりません。

エミュレータの動作でディスクアクセスの部分はかなり時間短縮ができるのですが、やっぱり全体的なテンポ感というのはあの牧歌的だった8ビットPCの世界そのままなのですから…

とはいえ、思い出補正で楽しむもよし、コレクターズアイテムとしてもよし、手元に置いておきたい1本であります。
(パッケージ以外でもProjectEGGで配信されますが)



posted by 海鮮丼太郎 at 00:11| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 遊(play) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年08月23日

着々と準備の進むGT6


ゲームの表現力が豊かになることでどのような可能性が広がるのか?
そのアプローチの大半が、よりリアルな方に向かっていくことになる。
それは当然と言えば当然のことと言える。

FPS系の留まるところを知らない進化やオープンワールド系の飽くなき可能性の探求など、ゲームとリアルのバランスを保ちつつ進化しているジャンルは、素人目に見てもワクワクさせるものがある。

一方で、レース系ゲームに関してはその究極的な目的が実車と同じ運転感覚が味わえることにあるため、どうしてもストイックに物理表現を追求しがちだ。

そんな中でもコンソールゲームで激しく火花を散らすXBOX陣営の『FORZAシリーズ』と、PS陣営の『GT(Gran Turismo)シリーズ』においては、同じ物理表現の追求を行いつつも、異なったアプローチを取っている。

FORZAシリーズは、効率的な開発とスケールメリットを活かしてリアルさを追求しつつもこれはゲームであるというスタンスを崩していない。
それに対してGTシリーズ、特に直近のGT5に関してはリアルな表現を最優先にしすぎたために、ゲーム性がおざなりになる部分があった。何しろ自ら"The Real Driving Simulator"を標榜するぐらいだから。
その割にGT5プロローグの頃から延々と続く開発方針の迷走と信じられないバグによって、特にオンライン対戦においてFORZAシリーズに大きく水をあけられる事となったのは記憶に新しい。

GT Academyなどゲームプレイヤーを実際のレースに送り込むといった試みもあるわけで、GTシリーズの方向性を必ずしも全否定するつもりはないが、ゲーム性が伴わなければ広い支持は得られないということがFORZAシリーズとの対比でハッキリしてしまった。

そんなGTシリーズも(開発が遅れなければ)12月6日に最新作であるGT6が発売されることとなった。
PS3シリーズ最後のGT、そして次世代機PS4の重要なタイトルとしても開発されているGT6は、今までのような山内一典の気まぐれによる失敗は許されない。

ここで仕切り直しをするためにも着々と準備が進められている。

「Vision Gran Turismo」を発表
本プロジェクトを通し、アルファロメオ、アルピーヌ、アストンマーティン、アウディ、BMW、ベルトーネ, GMデザイン、ホンダ、インフィニティ、イタルデザイン・ジウジアーロ、ジョーダン(スポーツウェア)、メルセデス・ベンツ、ナイキ、日産、プジョー、SRT(クライスラー)、フォルクスワーゲン、そしてザガートのデザイン部門が2013年冬発売予定の『グランツーリスモ6』のためにコンセプトモデルを開発し、ゲーム上での走行が可能になります。
コンセプトカーを走らせるというアプローチはすでにGT by Citroenなどの試みがあったが、こうしたことはまさしくゲームならではの演出だ。

モーターショーなどで展示されるコンセプトカーは必ずしもすべてが走行可能な状態ではなく、実際はハリボテだったりすることもあるが、ゲームの中であれば実物を制作せずとも意図するパフォーマンスを体感させることができる。

そうした自動車メーカーにとってプロモーションの場としてGT6を活用出来るかどうかは、Gran Turismoというブランド力と、GT6の完成度に掛かっている。

その意味で、GT6に関しては事前にこうしたプロモーションができる状態にあると考えると、準備は順調に進んでいると言えるのかもしれない。

あとはオンライン周りの完成度とリアルとゲームがどこまでバランスよくデザインされているか。

FORZAも最新作をXBOX360とXBOX Oneのローンチとして投入するなど気合いが入ったガチンコ勝負になるわけで、単なる表現力以上の提案が必要になってくる。

新たな時代の幕開けを、より広いユーザ層が楽しめる"ゲーム"として仕上がっている事を切に願う次第。
 

posted by 海鮮丼太郎 at 10:45| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 遊(play) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年01月07日

スペースハリアーに関するあれこれ



できればフルサイズにしてご覧ください。
そんなわけで、1985年にアーケードの体感ゲームとして大ヒットしたセガのスペースハリアー。
初めてその姿を目にしたのは、高校受験を控えた模擬試験の帰り道、元住吉のゲームセンターでなんだかすげー綺麗な画面でぐりんぐりんと動くその異様な姿に、文字通り目が釘付けになって3時間ぐらいずっと後ろから見ていたという衝撃的な出会いだった。

スペースハリアーは、まさしくテレビゲームの新しい時代の到来を告げたエポックメイキングなゲームだった。

詳細についてはWikipediaでご確認されたし。

当時テレビゲームにおいてはアーケードゲームが技術上の頂点であったのに対し家庭用ゲーム機やPCは低スペックのため、その移植の際にあらゆる工夫が凝らされた。

初めて見る人にとってはなんのことやらわからないだろうが、エッセンスをどの程度残して、かつゲームとして成立させるかという点において、各機種の移植版のアプローチを検証してみることは、ゲームの開発史を振り返る上で重要なことではないかと思う次第なり。

四の五の言わずに笑いながら見ればいいんだが、当時セガマークIII(動画中ではMASTER SYSTEM版)が発売されたとき、高校1年だったおいらは、小遣いを握り締め、横浜のヨドバシカメラに文字通り走っていった。

今見ると移植のデキは決して良くはないが、それでもスペースハリアーのエッセンスを8bitで再現力の劣るゲーム機にうまく移植できている。
足りない部分は想像力をフル活用して、アーケード版と同等に楽しむことに没頭していた。
そのぐらい、家庭でスペースハリアーがプレイできるということは、ゲーム大好き少年達の間では価値のあることだったのだ。

そして、スペースハリアーの移植版に関しては妙な展開を迎える。
タイニーゼビウス同様に、エッセンスだけをうまく取り入れて移植されたPC-6001mkII版、それと対極的にアーケード版と同等の処理能力を誇り、完全移植を目指して制作されたX68000版(移植度は高いものの地上が市松模様で無いなど簡略化されている)が発売され、ここでひとつの頂点を迎えた。

 
▲PC-6001mkII版


▲X68000版

その後新しいゲーム機が出るたびに移植版が発売される息の長いタイトルになった。

そして、スペースハリアーを移植することがひとつのネタと化した事件が起こる。
古籏一浩氏が「MZ-700 に不可能はない」のスローガンの下、MZ-700という8bitPC黎明期のマシン向けにスペースハリアーを移植、そのプログラムをOh!X誌に掲載するというエクストリームなチャレンジをやってのけた。



エッセンスだけを抜き出して移植されたスペースハリアーとしては、上記のとおりPC-6001mkII版があったわけだが、MZ-700はそれよりもかなり古い機種であり、グラフィック機能は粗いドットを組み合わせる初歩的な表現しかできないPCだった。

そんなMZ-700版はセガの許諾を得ての掲載され公式な移植としてカウントされている。
エッセンスを究極まで煮詰めると、こういうことになるというある意味伝説的なプログラムとも言える。しかも、ステージごとにロードをするのではなく、限られたメモリに収める形でプログラムされており、プログラム的には非常に高度なものであることも驚きだ。

こうしてみると、アーケード版のスペースハリアーをプレイしてその思い入れが強ければ強いほど、この粗いドットで表現されたMZ-700版も、ちゃんとスペースハリアーしていると感じられる。それこそ、愛おしいぐらいにスペースハリアーなのだ。

今でこそテクニカルライターとしての活躍が有名な古籏一浩氏だが、こんな熱いプログラムを書いていたこともあるんだよ、ということでスペースハリアーを語る上では忘れてはならないエピソードのひとつだ。


おいらにとってスペースハリアーは人生を変えたゲームとして生涯ベスト3に入る(1位はゼビウス、3位がグラディウス)ゲームだが、なんでこんな動画を急に思い出したかというと、Nintendo3DS用に移植されたからだ。

セガ3D復刻プロジェクト 『3D スペースハリアー』

もちろん最新のゲーム機であるNintendo3DSなので、移植度からすればまったく問題ないレベルになっている。
それに加えて3Dによる立体視演出、そしていくつかマニアを唸らせる仕掛けを入れて、600円という価格でリリースされた。
おいらにとって思い出深いゲームでもあるので買ってみたが、これが意外と良くできている。

今でこそ3D表現はポリゴンを使ってよりあらゆる角度からリアルに表現できるようになったが、技術力が乏しかった28年前のゲームでも、それなりに遊べることを再認識させられる。

この対比は上記した例えのように、3Dのエッセンスを抜き出して当時の技術でゲームとして成立させたということになる。
つまり、ゲームっていうのは表現の仕方でどうにでも楽しさを演出することができるというわけだ。

そんなことを思い返して、ついつい動画を見ながら思い返した正月休みの最終日の夜だったのでしたとさ。



posted by 海鮮丼太郎 at 00:00| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 遊(play) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年08月12日

群馬、群馬とうるせーんだよ。

Gunma_completed.png

周りがあまりにも群馬、群馬とうるさいので、おいらも遅ればせながら参戦した。とはいいつつ、そんなに暇でもないのでサクッとプレイして1週間。

はい、制圧。

ってことで日本全国、世界、宇宙、そして最後に群馬を制圧するのに要した時間はだいたい1週間。
この手のゲームをやるのは久しぶりだが、たいしたことねーな。

ってことで、今はいそいそとぐんまちゃんのコンプリートを目指してすごろくの最中。
なんだかんだでハマってる。

「ぐんまのやぼう」は人生そのものだ。

という仮説を時間があるときにでもじっくり検証してみたい。
うんうん。


posted by 海鮮丼太郎 at 00:00| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 遊(play) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月28日

今年もゲーセンへ行く話

mikado20120328.jpg

昨年も同じようなこと書いたよな、とか思って調べてみたら3月29日だった。

このサケの帰巣本能のように毎年同じ時期に同じ事を繰り返す自分に笑いがこみ上げてきてしょうがないのだが、とりあえず今年も新大久保で健康診断でありました。

昨年に引き続き、最後の悪あがきということで自転車でカロリー消費しつつ自宅から1時間ちょっとで到着。

一日人間ドック+医師の面談+お食事タイムという一連の作業を終え、昼過ぎになって新大久保を出発してからさっそく高田馬場へ到着。

1年ぶりのミカドでのゲームということになったのだが、まずはお気に入りのスターブレードにコインを投入。エンディングまで行くぞ!と勢い勇んだものの・・・

映像がものすげー暗い。

スターブレードといえば特殊な反射を利用した拡大スクリーンを使用しているので、映像をきちんと出力しないと何が写ってるのかさっぱりわからない状態になる。
メンテにコツがいる筐体ではあるが、ミカドなんだからその辺はちゃんとやってよ・・・

他の大型筐体も整備中でプレイできないものが多く、以前はあれほどメンテに気を配っていたミカドなのに、愛がずいぶん薄れたな、という感じがしましたとさ。

プレイするのはほとんど80年代レトロゲーばかりなのだが、昨年のように腕がヘロヘロということもなく、とりあえずグラディウス一周ぐらいはできたので良しとしました。

他にはスターブレード、ダライアス、サンダーセプターII、テラクレスタ、スペースハリアーをプレイして、撤収。

好きなゲームはけっこういっぱいあったはずなのに、結局使ったお金は1000円に満たなかった。
本当であればお金を落としてミカドの経営に少しでも協力してやりたいという立場のはずなのに・・・

なんだろうねぇ?

ってことで、1時間ぐらいの滞在で次の目的地である池袋へと移動したのでありました。
   
posted by 海鮮丼太郎 at 14:00| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 遊(play) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月19日

ハドソンの思い出を20分で語ってみる

法人としてのハドソンが3月1日をもって解散することになった。

そんなわけで、ハドソンに関する思い出を20分で全力で語ってみる。

 爆弾男と書かれたカセットケースだけの簡易梱包のゲームソフトをマイコンショップの店頭で見たのが始まり。

 当時のソフト供給手段はCD-ROMでもなく、フロッピーディスクでもなく、カセットテープだった。

 今みたいなきちんとしたパッケージではなく、カセットケースに簡単なジャケットイラストが印刷されたシンプルなパッケージで、2000円から4000円ぐらいの間の作品が多かった。
 
 初めてPCを買ってもらう時、ハドソンのソフトが一番楽しめるという理由でPC-8001ではなくFM-7を選んだのは親には言えない話。
 
 当時ハドソンは任天堂のマリオブラザーズの8bit向け移植版を出しており、それに付随してオリジナルのマリオを使った作品がいくつか出ていた。
 
 その他、(当時としては)技術力の高いソフトを量産するソフトハウスとして認知され、「野球狂」「麻雀狂」「花札狂」といったシリーズは長く遊ばせてもらった。
 
 ハドソンといえば「デゼニランド」と「サラダの国のトマト姫」の大ヒットが有名。そして大幅にリリースが遅れて不発に終った「デゼニワールド」のADV3部作が第一期の頂点だったと言える。
 
 “ATTACH CROSS”“POLISH PILLAR”というフレーズを聞いて遠い目をする奴とはだいたい友達。
 
 フロッピーディスクドライブがまだ高価で、ドライブとIFユニットで20万円ぐらいしていた。
 
 当然中学生に買えるものではなく、データレコーダーからカセットテープ経由でプログラムを10分から20分近くロードするという苦行に耐えなければならなかったが、それを待てるぐらいPC(っつうかゲーム)は魅力的で、中学生というのは時間を持て余していたのだった。

 全盛期のおいらは、データレコーダで再生されるデータの音の頭10秒ぐらいで何のプログラムをロードしているかを当てることができた。

 ハドソンのプログラムは特殊な仕組みで、非常に高音のデータ音が鳴り響くことからちょっと聞くだけですぐハドソンのプログラムであることがわかった。
 
 ハドソンはゲーム以外にもいろんな取り組みをしており、当時しゃべるPCとして話題になっていたPC-6001mkIIと同等の機能を実現するために、Hu-Voiceというスピーチソフトを発売したことがあった。
単に指定のワードをそれっぽくしゃべるだけであったが、これだけでも未来感バリバリの体験をさせてもらった。

 ハドソンはこうした取り組みから、開発環境のパッケージ化などいろいろ発展させていき、後にゲーム機やOSのコアを開発することになる。

 ハドソンのADVは、画面描画が独特で、しかも(当時としては)高速であって、画面を行ったりきたりしてもあまりストレスを感じなかった。
 
 その独特な描画方法を見れば、ハドソンブランドではなく受託で開発した作品でも一発でハドソン製だということがよくわかった。
 
 8bitPCのADVでマイフェイバリットであるバンダイ発売の「サザンクロス」。これを作ったのもハドソンだった。
 
 今でも「サザンクロス」をプレイできる環境が手に入るなら、1万円まで出す。それぐらいもう一度プレイしたい名作。
 
 「デゼニワールド」がFM-7で発売されなくなったことから、徐々にハドソンが嫌いになった。
 
 FM-7のゲームが発売されなくなるに従い、興味はファミコンへと移っていったわけだが、ここでもハドソンのソフトを好んで遊ぶようになった。
 
 生まれつき天邪鬼な性格から、高校1年の時にファミコンブームが絶頂だったにも関わらず、ファミコン一式を高く友人に売りつけセガマークIIIへと乗り換えたため、おもしろいゲームをファミコンで連発させるハドソンは敵となった。
 
 以降接点を持たないメーカーとなったハドソンだが、意外なことにNECのPCエンジンの技術開発に大きく関与しており、おいらがセガに加えてPCエンジンへと辿りつくと、再びハドソン製のゲームの虜となった。
 
 PCエンジン+CD-ROM2における「Ys I&II」に代表れるハドソンの活躍は言うまでもなく、最先端のゲーム体験をさせてもらったことは未だに良い思いでとして残っている。
 
 しかし、「天外魔境」シリーズは絵柄が好みではなくシリーズ通して1度もプレイしたことがない。
 
 ゲーム機ではNECとの関係が深いハドソンだったが、PCの世界においてはシャープのパーソナルワークステーション「X68000」のOSに絡む部分を手がけており、ご家庭でほぼ完璧なグラディウスがプレイできるこのマシンが欲しくて仕方が無かった。
 
 しかし50万円近くするこのPCを買うだけの財力もなく、富士通派だったおいらは大学生になったらコンピュータの勉強が必要だから、とかいってFM-TOWNSに手を出すというかなり残念な選択をしてしまい、再びハドソンは敵となった。
 
 時は流れて大学3年ぐらいになると、やっぱりFM-TOWNSでは出来ないことがX68000では簡単にできることもあって、猛烈にX68000が欲しくなり、バイト代をすべてつぎ込んでX68000を手に入れた。
 
 Human68KやSX-Windowといった環境で、CUIとGUIの概念を学ばせてもらったのも、当時のハドソンのシームレスなOS設計のお陰と言える。
 
 社会人になるとハドソンがファミリー系のゲームばかりになり、ハドソン製のゲームに触れる機会が減り、PCもWindowsやMacを使うようになったため、ハドソンとの接点がほとんどなくなってしまった。
 
 コナミ傘下に入ったことも、ハドソン離れを加速する理由になったのは紛れもない事実。
コナミがゲーム業界に与えた負の影響も、語り継いでいかなければならない重要なファクター。
 
 00年代に入ると高橋名人がなぜか再ブレイクし、ライブにも何回か足を運んだことがある。
生で16連射でスイカを割るところを見れたのは一生の思い出。
 
 これまたひょんなことから00年代初頭に遠藤雅伸と高橋名人の初対面という場に居合わせ、日本のゲーム作った(宣伝した)生き証人の会話に混ざれたことが一番エキサイティングな出来事だったかな。
 
 「ゲームは一日一時間」に込められた意味が意外と深くて、色物芸人の目で見ていた高橋名人に対する考え方を180度転換させたのもこの時期だった。
 
 ついでにハドソンに対する愛憎の歴史も、すべてを好意的に受け入れられるようになった。
 
 しかし時は既に遅く、ハドソンがハドソンらしさを取り戻すことなく、2012年3月1日をもって法人としてのハドソンが消滅するとの話を聞き、数多のマイコン少年たちと同じく、ハドソンに対する思い出を語ってみたくなったのであった。

ブランドとしてのハドソンは残るものの、桃鉄の新作も出なくなり、創業者も高橋名人も去った今、どれだけハドソンらしさを出せるのかは未知数だ。
 
間違いなく日本のコンピュータの歴史と発展に寄与した会社がなくなるというのは寂しいものだが、こうして語ることでその偉大さを少しでも記録として残しておきたい。

 
いろいろあったが、ありがとうハドソン。
ハドソンと共に育ったおいら達が、これからのハドソンみたいな会社が出てくる環境を作っていかなきゃいかんよね。

そんな気持ちになったのでありましたとさ。
 
以上、ざっと20分でエントリーを書いてみた。
 
 
  
 
  
  
posted by 海鮮丼太郎 at 10:00| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 遊(play) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月13日

ひさびさにPSPのゲームがやってみたくなった



いつかはベスト版が出るだろうとたかをくくってスルーしていたダライアスバースト。
アーケード版については応援したい気持ちもあったのだが、あまりにマニア向けに敵が硬く設定されているため、残機無制限でなければ素人ゲーマーはプレイにならず、かといって打っても打っても壊れない敵を前に戦意喪失というか、ゲームやってて飽きてくるという信じられない難易度設定のため、早々に見切りをつけていたのでありました。

しかし、この手のシューティングゲームはたまに発作的にやりたくなるものでありまして。

そういえば、グラディウスポータブルあたりを買って以来、シューティングゲームなんて買ってないよなぁ、っていうか、ゲームソフトをぜんぜん買ってないなぁ、ということで久々に買ってみることにしました。

さて、期待に応えてくれる内容なんでしょうか?
アーケード版とは違って家庭用ゲーム機の難易度設定がきちんとされていることを期待してポチることにします。

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2011年11月26日

復活!XBOX360

 
1年半ぶりにXBOX360の電源を入れた。

最近はゲームで遊ぶことがめっきり減ってしまい、しかもほとんどがポータブルゲーム機をたまに起動する程度だったりしたので、据置機であるWiiもすでに半年以上電源を入れていない状態で、別室に設置してあるXBOX360に至ってはコンセントからばっさりと抜いて放置常態になっていた。

もう一台あった(当時の)次世代据置機だったPS3は、なんだか知らんが変な希少価値がついたので購入価格とほぼ同じ価格でヤフオクで売ってしまった。

つまり、我が家において据置ゲーム機のニーズはほぼ消滅したと言っていい状況だった。

しかし、XBOX360については、初代XBOXの一部ゲームがプレイできることと、HDDさえ交換してしまえばダウンロードコンテンツならびに世界中のゲームがプレイできる魅力的なコンソールとして復活できる。

おいらの持っているXBOX360は初代のモデルなのでHDDが20GBしか搭載されておらず、とはいっても純正の交換用250GB HDDは15000円近くもするということで、購入を先延ばしにしていたらいつの間にやらXBOX360そのものを使わなくなっていた、とまぁこんな感じだった。

だって、4倍の容量の1TB HDDが1万円で買える時代だよ?
なんでそんなボッタクリの純正部品を買わなきゃならんのだ。

しかし、気が付くとXBOX360はモデルチェンジをしており、初代用の交換HDDが10月末で販売終了とのアナウンスがあったので、ちょっと焦ってしまった。

初代モデルが出てから5年。
XBOX360も基本的な部分は変わらないものの、HDMI出力やら消費電力の改善、そして何より悪名高きRRoD(Red Ring Of Death)の対策もされている。

KINNECTも発売されていることだし、ここは本体の買い替えをしてしまうか?などという考えが頭をよぎったのだが、買い換えたところでどうせ大して遊ばない(完全に上記と矛盾)という結論から、やはりここは内蔵HDDの交換だけで済ませることを考えた。


さて、純正品が販売終了となったらどうすればいいのか?

いろいろと情報を探してみると、互換品があるらしいことがわかった。

大抵は中華圏からやってくる怪しい商品ではあるのだが、なんといっても価格が純正の半額近いので、この際そのあたりはこだわらないことにする。

Amazon様やヤフオクに出品されているものをチェックすると、250GB〜320GBの互換品が出品されているのだが、一部は初代XBOXのゲームがプレイできないものがあるらしい。

そんな中で、独自に対策を施して、初代XBOXソフトもプレイできる状態にしてあることを謳った320GBの出品があったので、さくっとそちらを購入。

届いてみると、頼んでもいないのに未開封の「ブルードラゴン」のソフトがセットになっていた。

コレなんだっけ?
ってことで、軽くスルーしてHDDの交換作業に入る。

XBOX360のHDDを交換する場合、純正品であればデータ移行キットのようなものがあるらしいのだが、互換品にそんな便利なものはない。

しかし、ある程度の容量のUSBメモリを用意しておけば、それを経由してデータの移行が可能だ。

【20GB HDD】
  ↓
┌─────┐
│USBメモリ │
└─────┘
  ↓
【320GB HDD】

こんな感じ。


【手順1】
管理画面から外部接続機器のメニューを表示すると、USBメモリとHDDが認識されるので、USBメモリにデータ移行用の領域を確保する。
おいらはUSBメモリの4GB分の領域を確保した。
これは可能であればより大容量の領域を確保した方が、後々の作業が軽減できるので、8GBとかそれ以上のものを用意しておいた方がいいかも。

標準で搭載されている20GBのHDDを選択すると、現在保存されているデータが一覧で表示される。
データ移行を選択すると、この中からUSBメモリへ移動するファイルを選択できるので、確保した領域がいっぱいになるまでコンテンツを選ぶ。
特にプレイデータとダウンロードで購入したゲームを優先的に移動させた方がいいだろう。

【手順2】
USBメモリにデータを移したら、電源を切って、標準HDDと購入した大容量HDDを付け替える。
本体上部のボタン1プッシュでHDDが取り外せるので誰でも作業が簡単にできるのは、アメリカ製ハードウェアの良心的な部分だな、と感心する。
HDDを取り外すことなんか、ゲーム機の生涯の中で1回か2回あるかどうかだと思うんだがw

起動してちゃんと新しいHDDが認識されているかをチェック。
同じく管理画面で外部接続機器のメニューを確認すると、今度はUSBメモリと交換した大容量HDDが表示されている。

USBメモリを選択すると、先ほど移したデータが表示されるので、これを大容量HDDにデータ移行を選択する。

実行すると全データの移行が完了する。

【手順3】
先ほどと同じく、データ移行が完了したら本体の電源を切って、もう一度標準HDDと付け替える。
残ったデータを再び【手順1】の要領でUSBメモリに移動して【手順3】の作業を行う。

こうすることで、USBメモリを介して全てのデータの移行が可能だ。
いらないデモ版とかプロモーション動画ファイルなどは捨ててしまおう。
必要であれば再ダウンロードすればいいのだから。


ただしここで注意点がある。
XBOX Liveで購入したコンテンツは再ダウンロードが可能なのだが、XBOX Liveのメニューには、今まで購入した履歴からまとめて再ダウンロードする機能が備わっていない。

そのため、特にダウンロードで購入したゲームが何だったかきちんと把握していない場合、再ダウンロードすることを忘れてしまうなんてことがある。

そのため、ダウンロードで購入したゲームも、上記の方法できちんとデータ移行させた方が問題の発生する可能性を減らせる。

っていうか、XBOX Liveのメニュー、激しく使いにくいんだけど。
一括ダウンロード画面ぐらい作っとけよ。だからマイクロソフトはダメなんだ。
(PCからアクセスできるXBOX.comからは一覧で見れるんだけど、ゲーム機側で見れなきゃ意味ねーよ)

そんな感じでおいらの場合は4回ほどHDDの脱着を繰り返すことで全データの移行が完了した。

320GB(実際に使えるのは290GBほど)に拡張された初代XBOX360は再び息を吹き返した。

これで思う存分FORZA4なんかをプレイできる。

復活記念に5.1chで「RezHD」をプレイしてみた。
元は10年前のソフトなのに、このグルーヴ感は色褪せるどころか今でもすばらしい。

そして、D端子接続されたゲームの画面って、こんなにキレイだったんだ、ということを久々に思い出す。

そういえば、WiiはSD解像度だし、ポータブルゲーム機は画質云々する話でもないので、ついつい忘れてしまっていた。

この解像度でやっぱりゲームがやりたいなぁ、などと久々にゲーム熱が少しずつ上がってきた感じ。

ただし問題なのは、ゲームをプレイする時間をどうやって捻出するか、なのだが。

こんなエントリーを書いているのも休日出勤の職場だったりして。

ゲーム熱というのは、現実逃避願望とリンクしているように思われる。
ってことは、これが高まると、仕事の方がヤヴァいことになりそうだなぁw
 
 
posted by 海鮮丼太郎 at 18:00| 東京 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 遊(play) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする